少年少女 その3

奴股:露悪趣味だと思う。文学が好きな男性からは叱られるだろうけれども。睡眠薬やアルコールや女・・・・・といった道具が溢れかえる世界は、少年の世界だと思う。解説に、大川さんがとても面白い引用をしておられた。三島由紀夫田中英光の訃報に触れて、こう言ったそうだ。「大人しくボオトを漕いでれば、何事もなかったはずじゃないか。たとえ小説家になったとしても、むしろ氏のほうが強い性格で、太宰氏を引きずってむりやりボオトでも漕がせていたら、どうなったろうか。どうして神様は六尺の壮漢に、こんな弱い心を与えたのだろうか・・・・・」(「私の遍歴時代」) この引用がまた、三島氏の性格を象徴的に表しているようで、まるでアニメのキャラクターぐらい分かりやすくて面白い。大川氏の解説に拍手というところだ。

chibinova:そして美輪明宏いわく、「強い男など見たことがない」、だな。そうそう、少年的なるもので思い出した。ボリス・ヴィアンの「デューク・エリントンの音楽とかわいい女の子との恋愛以外は美しくないから消えていい」って物言いとかさ、映画『サムライ』における、鳥籠しか置いていないアパルトマンの一室なんか特に象徴的だけど、三島なんかもよく書いていたように、とにかく生活臭というか、日常のルーティンな行為を忌避する、あるいは、対外的に無頓着であることをアピールする傾向があるよね。ブログに「ゆうべの晩ごはん」を載せたりする男性って、あまり想像つかないじゃない。ビートニクスナフキンの、デラシネ、あるいはヴァガボンド感覚とか。あと、『TH series(トーキングヘッズ叢書)No.24 少年×タナトス』なんていうムックがあってね。「高畠華宵に代表される美少年と、その妖しい魅惑――長野まゆみなどに見られる少年と銀河や鉱物の関係――または絶望に育てられた現代の少年たちなど、さまざまな位相から“少年”をとらえ、“少年”とともに彼岸へ旅する特集です!」って内容らしいんだけど。

少年×タナトス (トーキングヘッズ叢書)

少年×タナトス (トーキングヘッズ叢書)

奴股:ほお、買おうかな。関根正二って、以前「新日曜美術館」で紹介されてて。茶色や黒の色つかいがきれいだったからなあ。「なんか、こういう絵が保健室のベッドから見える位置にあったらいいなあ」とか思ったものだ。でもこういう場合の少年は、実際の少年というより、なんか「少女」の言い換えのようにも思えるなあ。

chibinova:まぁ、『風と木の詩』のジルベールみたいな少年像ではあるかもね。

奴股:同じシリーズで、少女を扱ったものはある?

chibinova:こないだブログでも紹介した、『トーキングヘッズ叢書(TH Series) No.32「幻想少女〜わ・た・しの国のアリス」』というのがあるよ。

奴股:ああ、これか。この二冊をまとめて買う、というのもいいな。

chibinova:そうね、ワンセットで。ていうか合わせ鏡だよな、やっぱり。

奴股:よし、向学のために買うとしようか。

chibinova:やっぱあれかね、ロック的ダイナミズムが少年性を象徴しているんだろうか。ボーカリストとギタリストのやおいを匂わせるような少年ジャンプ的関係、破壊衝動、ドラッグやアルコールという破滅憧憬、絶望や怒りといったテーマ、そのすべてが「少年」という符号を指し示しているような気がする。いや、それってロックというより、パンクなのか?

奴股:どちらの、どの部分に惹かれるのか、なのかもしれないけど。ギターのテクニックやらアルバムコンセプトやら・・・・そこに「論理」という物語を見出そうとするのが少年かもしれないな。少女の場合はどうだろうな? 「自己愛」なんて言葉で下手にくくろうとすると、それは少年にも少女にもあてはまってしまうしね。横並び─自己突出、でも、少年と少女との境界をぼやかしてしまう。こないだ君が言っていた「セックスのときに相手の肉体に興奮するのか、相手に翻弄される「自己」に陶酔するのか」というような差異は、興味を引くね。

chibinova:それに関連して、橋本治がおもしろいことを書いているのでちょっと引いてみよう。「男は凶暴で、その自分の凶暴が許されるということを知ってしまえば満足する。しかし、そんな凶暴を許せるだけの力のある女は、そうそういない。だから、男と女の関係は早々にだめになる。女も男と同じように凶暴で、女だって、自分の凶暴がねじ伏せられたままになっているのには堪えられないはずだから。そして、多分、男と女では、その凶暴の質が違う。男は、性交の場でストレートに凶暴で、女の多くは、性交の場以外で凶暴だ。だから、時として女は、「キスだけで天国に行く」ことを夢見る。女にとって、そんなキスは、性愛的なゴールだ。そして男にとって、すべてのキスはスタートラインでしかない。」(「妄想狼少年ではなく、微熱狼少女であること」について)

奴股:なるほど、おもしろい考察だね。次回はクンデラの、いかにも男性的な浪漫主義からみた「女」なんかもからめて話してみようか。